祝福するスラヴィアのデッサン  右は「スラヴィアの母性 Slavia matkám」の挿絵

マカルトの記念切手 (オーストリア 2011)
2011年にウィーンのベルヴェデーレ宮で
ミュシャ展に続いて開催したマカルト展記念切手

スラヴィア母性の書 挿絵

「ヴルタヴァ川の祝祭劇 ―スラヴの兄弟たち―

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スラヴ叙事詩

ヒヤシンス姫

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1918−1928

フォノフィルム

スラヴ叙事詩展

プラハ聖ヴィタ大聖堂のステンドグラス

第6回ソコル大会

祝祭劇のスケッチから

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祝祭劇
 オリンピックはソコル大会のやり方をとりいれています。4年ごとの開催、運動競技以外にさまざまな芸術展示をするなどです。1926年のソコル大会では大規模な野外劇を行いました。ミュシャのプロデュースによるスラヴの祝祭行列です

 チェコの歴史と伝説の各場面を象徴する船が次々とヴルタヴァ川
(モルダウ川) を進みストゥジェレツキー島(川の中島)には大じかけの舞台を設けて 観客は両岸から見るという壮大なページェントでした。
 ポスターにはソコルの若者たちを描いています。手前の若者が持つ旗にはソコルのシンボルの鷹
(チェコ語でソコル)がとまっています。中ほどには体操姿の青年を描き背景でスラヴィアが彼らを祝福しています。スラヴィアは普通スラブ菩提樹を頭に飾っていますが ここではチェコ国民をあらわす野の花を飾ってスラヴ菩提樹の葉の輪に囲まれています。
マカルト
 1879年、ウィーンでオーストリア皇帝フランツ・ヨーゼフと皇妃エリーザベト成婚25年を祝う盛大な祝祭行列があり ヨーロッパ中の話題になりました。ウィーンに来たばかりの18才のミュシャも行列の壮大さに圧倒されました。
 祝典ページェントの総監督はウィーンで人気絶頂のハンス・マカルト
(Hans Makart 1840-1884)がつとめました。ミュシャは画風だけでなく画家としての生活スタイルなどマカルトから多大な影響を受けており、1926年のヴルタヴァ川の祝祭行列の計画もマカルトにならったものでした。
大雨で
 祝祭行列は完成間近だった「スラヴ叙事詩」とテーマが共通しています。歴史上の人物に扮する役者、コーラスなど数百人が60隻の船で登場し、巨大なスヴァントヴィト神像や祭壇を設けて8つの場面で構成する壮大なページェントになるはずでしたが、降りだした大雨で急激に川が増水して1時間ほどで中止になってしまいました。ミュシャは祝祭行列の成功でマカルトに並ぶことはできませんでした。

スラヴの祝祭劇

チェコ時代

第8回ソコル体育協会祭    リトグラフ 1926年
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