『リュション』ポスターの下絵(1895年)
土居君雄コレクション
『リュション』 は、スペイン国境に近いピレネー山中の温泉保養地 「リュション」 へ観光客を誘うパリ=オルレアン鉄道のポスターです。
1782年発行のフランス王立医学会版温泉効能リストにもリュションを掲載しており、 18世紀後半にカジノと浴場施設の豪華な建物を建設して貴族や高級軍人を誘致し、成功につなげたようです。ポスターにも描かれている二つの建物は現存しています。
周りの山々から見る町の美しい眺めを 「ピレネーの女王 La Reine des Pyrénées」 と呼び、町を囲む10以上の峰々を馬で巡って眺望を楽しむツアーでも観光客、湯治客を呼び込みました。
ベレー帽をかぶりピレネーの民族衣装で馬に乗る男がリュションの魅力を伝えています。ミュシャだけでなく、リュションの観光ポスターにはこうした乗馬と山から見おろす町の風景を描いているものが多くあります。ピレネーの風光を愛した画家と軍人たちによってバスク、ピレネー発祥のベレー帽が世界に広まりました。
ミュシャの『リュション』 ポスターには山上からの眺望は描いていません。しかし、足元に添えた花 「シクラメン」 は 「回転」、「旋回」 を意味するギリシア語の
「キクロス」 が語源で、パノラマを巡るイメージをミュシャは伝えます。
『リュション』 のポスターには女性を描いていないのと、ミュシャのサインがないため、また、印刷がカミ・リトグラフ工房で、多くの人が見慣れているシャンブノワのものと印象が幾分異なることもあって、グラッセ作、タマーニョ作などと間違って紹介している展覧会カタログやオークションカタログがあります。しかし『リュション』を実際に見れば、ポスターの構成、描線など、ミュシャ作品を疑う余地はありません。
1896年ランスの 「芸術ポスター展」 にミュシャ自ら出品し、その時のカタログには 「ミュシャ作」 と明確に記載されています。さらにミュシャが亡くなるまで
『リュション』 下絵を手元に置いていたこと、それが子息のイジー・ムハから土居君雄さんに譲られた経緯からも、ミュシャの作品であることは確かです。(ポスター右側 の 「カジノ」 と 「浴場」 の建物はリトグラフ職人が写真を参考にして描いている。タマーニョ、シャンゼーのポスターでも同様に建物は職人の手による。)
右の『オムデコール』は、インテリアの家具や美術品販売店「オムデコール Home Dècor」のための4作品のうち「花」をテーマにした作品です。他に『果物』、『狩り』、『釣り』を制作しました。同じ絵でサイズの異なるコピーとポストカードなどがあり、箱根ラリック美術館が所蔵する油彩が『花』のオリジナルと考えられます。
『リュション』(1890年)
F.タマーニョ
『リュション』(制作年不詳)
P.シャムゼー
『リュション』(1922年)
R.スビエ
『リュションの花まつり』(1890年)
J.シェレ
『リュション』 観光ポスター
『愛人たち』(1895年)
『愛人たち』とも『恋人たち』とも訳される喜劇"Les Amants"はモーリス・ドネイ(Maurice Charles Donnay 1859-1945)の代表作のひとつです。ルネサンス劇場での上演ですがジャンヌ・グラニエ(Jeanne Gtanier 1853-1939)とリュシアン・ギトリー(Lucien Germain Guitry1860-1925)の2人が主役をつとめています。この公演時ではありませんがサラ・ベルナールも「愛人たち」を演じました。
画面をフレームで区切ってパーティーの場面をメインに描き、左上にマリオネット(人形劇)右上では悲劇の場面を描いて演劇の進行を暗示しています。俳優のグラニエとギトリーは人気がありロートレックもカルトン(厚紙)に油彩で2人の絵を残しています。
『リュション』(1895年)
『オムデコール』(1894年)